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首が伸びる!? 岡本太郎が絶賛した万治の石仏

岡本太郎絶賛

春宮のすぐ近くにユニークな石仏がある。かつて、御柱祭りを見に来られた画家の岡本太郎氏が感嘆したという万治の石仏だ。
氏に絶賛されると、一躍話題を呼び、全国に知られることになりました。

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昨日の投稿の「けんしん」さんのもう少し奥、春宮に向かう途中にはこんな看板も掲げられていました。

「よう!」と気さくに声をかけて来るフランクさはなんなんでしょうかw

下の岡本太郎語録については、ホントに岡本太郎さんがこんなことを言ったかどうかは知りません。この町ではあちこちで岡本太郎語録に出会いますが、某政党の大げさなポスターが隣にあったりしますので、イマイチ、信じきれなくなります。混ぜるな危険。

血が流れたという言い伝え

さて、この万治の石仏の「万治」だが、本来はこの石仏を建立した願主が、万治3年(西暦1660年)と刻まれていることによります。
いい伝えでは、高島藩主諏訪忠晴(ただはる)公が、万治2年(1659)春宮の石の大鳥居を寄進しようとしたとき、ここにあった大きな石を石材にしようとして石工がノミを入れたところ、血が流れ出たという。神様の祟と恐れて作業を中止すると、その夜石工の夢枕に、上原山(茅野市)に良い石材があるというお告げがあり、鳥居には上原山の石を使うことにし、あらためてこの不思議な石に阿弥陀様を刻み、霊を納めながら建立されたといいます。
現在も残っているノミの跡はそのときのものといます。
石には「南無阿弥陀仏 万治三年十一月一日 願主 明誉浄光 心誉慶春」とあります。また胸には幾つかの謎の文様が彫られており、向かって右から 太陽・雷・雲・磐座・月などで、これは大宇宙の総てを現し、右端には卍(逆マン字)が刻まれています。

願いがかなう?

いつの頃からか、「万治」は年号ではなく、「万(よろず)のことを丸く治(おさ)める」という意味に変わっていきました。
石仏の近くには高札があり、万治の石仏お参りの仕方が書かれていました。

1.正面で一礼し手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じる
2.石仏の周りを願い事を心で唱えながら時計回りに三周する
3.正面にもどり「よろずおさめました」と唱えてから一礼する

だそうです。

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丁度、お参りしている方々がいました。車いすの方もいましたが、石仏周辺も、石仏に行くまでの道も舗装させていませんので、ご注意ください。

手を合わせるだけの神様と違い、三周するあたりがポイントですかね。アレもコレも叶えたい欲深い私は何周しなければならないかわかりません。

首が伸びた!?

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ある写真家が毎年撮っていた石仏の写真を並べ眺めていたところ、衝撃的な事実が判明した。それは、首が伸びているということ。オカルトネタとかではなく、本当に伸びてしまっていた。
この石仏の頭部は、もともとは別の石で彫られたものを大きな石(胴体)に乗せただけのものだったが、過去に一度頭部が落下したことがあり支柱を付けて固定し修複したそうだ。首が伸びた原因は、この時につけた支柱に水が溜まり、氷になって斜めになり、その繰り返しで頭部が上昇したためだという。修復前に測定したところ、あの石の頭部が正面で4cmで左右は6~7cm上昇したというから、自然の力ってのはすごい。
2007年にみのもんたの朝の情報番組で紹介され観光客も増えたそうだが、下諏訪観光協会は「周辺の安全確保」ためとしてまた修復し、2008年3月4日に修復作業が行われ、今は動くことの無いように固定されている。
工事の際には、頭部の下から首を伸ばした原因ともなった水や泥、それに賽銭25円が発見されたそうです。

自然の力で首が伸び縮みするなんて面白いし、その自然の力が諏訪の自然を特徴づける寒さだってことも観光に活かせそうな気はします。伸びるったって、これが支柱全部が抜けるようなことはないわけで、頭部が参拝者の足に落ちるなんてことも普通に考えればないはずですから、「ここまでしなくても良いんじゃね?」くらいに当時は思っていたのですが、最近の動画サイト投稿者らの悪ふざけを見ていると、「首が本当に動くか検証してみた」とか「万治の石仏の首を引っこ抜いてみた」とかやるバカが出てきそうなので、やっぱり、しっかり固定した観光協会の判断は正しかったと思います。ただ、こういうバカ基準で世の中のルールが作られていくのは常識的な人間にとってはとても不利益だし、つまらない社会になりそうでいやだなぁっとも思います。

余談

春宮と万治の石仏との間に流れる砥川。勝手な憶測ですが、マンガ「るろうに剣心」で相良左之助が「二重の極み」を習得した河原は、おそらくこの川の上流です。そのうち写真で紹介しますが、雰囲気がそっくりです。

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