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建前と事実を混同したまま他者を批判するマヌケたちの話

12月のある日、小さな女の子を連れた若い夫婦がとあるデパートでショッピングを楽しんでいた。

店内に流れるBGMは軽快なクリスマスソング。夫婦は愛娘に贈るクリスマスプレゼントの下見に来ていた。もちろん、本当の目的は子供には内緒にして。

女児が訪ねた。

「ねえねえ。今年もサンタさん来てくれるかな?」

「そうね。あなたが良い子にしていたら、きっと来てくれるわ。」

母親が優しい笑みをたたえながら娘に答えた。

その時だ。

家族の会話に割り込むひとりの女が現れたのだ。

トナカイ女来襲

女はトナカイの着ぐるみを着こんでいた。可愛らしい格好ではあるが、クリスマスに合わせたデパートのマスコットではなさそうだ。

女が叫んだ。

「サンタは毎年何頭ものトナカイにソリを曳かせ、世界中を走らせます。それも一晩でですよ。これがどれだけトナカイにとって惨たらしいことかわかっているのですか!!」

突然のことに怯える子供をそっと抱き、母親が優しく語りかけた。

「大丈夫よ。トナカイさんはね、サンタさんとは仲良しなの。サンタのオジサンと世界中を駆け巡るのがお仕事なのよ(何なんだよ、このクソアマ!!)。」

父親が間に立ち、トナカイ女に抗議した。

「ちょっと、あなた一体何なんですか。子供が怯えているでしょ。常識は無いのですか?(頭おかしいのかこの人?)」

「常識?常識などより大切なものがあります。それが法律です。」トナカイ女は続けて喚き散らす。

「良いですか、サンタとは何人なのですか?外国に入るときには手順があるのです。彼がやっていることは不法入国です。空飛ぶそりを撃墜されても文句が言えないのですよ。その時、罪のないトナカイはどうなるのですか!?」

今にも泣き出しそうな顔で子供が父親のズボンをギュッとつかみ尋ねる。

「サンタさんは悪い人なの?そんなことないよね?」

「そんなことないよ。サンタさんは優しい人だよ。だって、去年だってクリスマスの晩に、枕元にプレゼントを持ってきてくれただろ(マジ、何なのこの人?)。」

「そうそれ!!」

ビシッと指を指し、トナカイ女がドヤ顔で語りだす。

「サンタのやっていることは明らかに住居不法侵入です。これは刑法130条に規定される住居侵入罪に該当します。とんでもない犯罪です。」

犯罪と聞いて、たまらず女児は泣き出してしまった。

「お母さん、サンタさん、悪いことなんてしないよね。」

母親も我慢の限界だった。

「いい加減にしてください!!そんなワケの分からない理屈で子供の夢を壊さないでください(あ~殴りたい)。」

「子供の夢を守りたいというなら、何故サンタの住居侵入を許すのです。昨年も眠っているお子さんの部屋にまで侵入したのでしょ。いかがわしい目的で侵入していたらどうするのですか。取り返しのつかないことになってしまいますよ。それをあなたは、良い子にしていたら、きっと来てくれるだなんて、それでも母親ですか!?これは児童虐待ですよ。世界の潮流に反する行為です!!」

まくし立てるトナカイ女に圧倒され、言葉を失う夫婦にさらに暴言が浴びせられる。

「クリスマスの晩に見ず知らずの男を眠っている娘の部屋に誘い入れるなんて、とんでもない風習です。時代錯誤の野蛮な行為です!!」

「ふざけるな!!」今度は父親が怒鳴った。

「何を言い出すかと思えば、サンタの不法侵入だと?お前はそれを本気で言っているのか!?大体、サンタクロースなんて…」

いるわけがない。そう続けようとして、ハッとなった。

父親の脚には不安そうな顔をした娘がしがみついていた。

言えない。サンタクロースがいないだなんて、ここでは絶対に言えない。

サンタクロースはいなければいけない。そして、世界中の子どもに幸せを運ばなければいけない。そうでなければいけない。

見かねた第三者 

トナカイ女と家族のやり取りを見かねたとある老人が近づいてきて、ゆっくりと語りはじめた。

「どうしたんだい。大きな声を出して。おや?クリスマスパーティーの準備かい?」

夫婦の押すショッピングカートには大きなクリスマスツリーと装飾用のLEDライトがのせられていた。

「ええ。そうなんですよ。来週のクリスマスに向けて、これから部屋を飾り付けるんです(良かった。まともな人が助けに来てくれた。)。」

「そりゃ良かったな、お嬢ちゃん。きっと楽しいクリスマスになるぞ。サンタさんだってきっと来てくれるさ。」

老人は目の高さを女児に合わせるようにしゃがみ込み、にこやかに語った。

「うん。クリスマスにはね、お母さんがケーキ焼いてくれるの。」女児の顔に笑顔が戻った。が、直ぐに陰りが表れる。

「でもね、あの人がサンタのオジサンは悪い人だって。呼んだらダメだって。」

「そうです。サンタなんて極悪人が来るのにパーティーだなんて非常識です。」

トナカイ女の言動に対して老人はゆっくりと諭すように話した。

「お前さん、よその家庭のイベントにいちいちケチつけるなんて野暮なんじゃないのかね。」

そうだそうだと言わんばかりに若夫婦は何度も頷いていた。しかし、トナカイ女には理解のできない話だったのだろう。いや、理解した上で無茶な議論を吹っかけたのかもしれない。

「家庭のイベントなら何をしても許されるのですか!!眠っている娘の部屋に男を誘い入れるなんて、前近代的なことが許されて良いわけがありません。あなたたちは野蛮です。」

あまりに理不尽な物言いをされたとき、人はろくに言い返すことが出来なくなる。そして揚げ足を取られる。

「いや、そんなことは言っていないだろ。」

「言ったじゃないですか。家族のイベントに口を出すなと、家族の中なら何をしても良いと。」

これはまともではない。トナカイ女が老人に喰ってかかると、彼は夫婦に目配せをした。それに気がつき、母親が娘を連れて騒ぎから離れて行った。

「あのね、あなた、サンタクロースなんているわけないでしょ。そういう人がいるという前提で、大切な人にプレゼントを送ったりするのがクリスマスなわけで、分かるでしょ?」

普通ならこれで一件落着だろう。父親も老人もそう考えていた。しかし、その期待は裏切られた。

「あなた方はサンタクロースが来てくれると女児に話していたではないですか。サンタがいないなんて、どうして今更話を変えるのですか?ウソをついているのですね!!」

トナカイ女はさらに続ける。それもデパート中に響くような大きな声で。

「みなさん、この人たちは大ウソつきです。その上、動物の虐待や住居侵入という犯罪を良しとする野蛮人です。家族内の事なのだから口出しするなと言ってくる時代錯誤の野蛮人です!!」

二人は後悔した。初手を誤ったのだ。議論に乗ってしまった、それもサンタクロースが存在するという建前を守りながら議論してしまったことが失敗だった。

彼女には「そういうことになっている」という建前と、事実の区別がない。理解していないのか、あえて混同しているのかは分からないが、ともかく建前を守ろうとしていた二人と彼女とではそもそも議論になどならないのだ。

建前を事実と誤認したまま他者を批判するマヌケども

その日、騒動を目撃した一人の男が自身のブログに顛末を書き込んだ。

あれはあまりにも酷いのではないか。どんな考えを持とうが構わないが、マナーくらいは守るべきではないか。家族が大事にしていたイベントを邪魔する権利が他人にあるのだろうか。そんな趣旨だった。

そして当然「サンタクロースなんていない」ということは書かない。サンタクロースがいるという建前を大事にしている人がいるから、そして、そんなことは書かなくても常識的に考えれば判ることだから。

ブログは反響を呼び、多くのコメントが寄せられた。多くは好意的なものだったが、家族への同情的なコメントに混ざって、何とも愉快なコメントも寄せられた。 

北の将軍様を称える一族行事銃殺刑も合法。倫理に照らせば何方も眉を顰められる行事。改革すべき。 

相手の非を突くばかりで、本来の問題である住居侵入の是非についてはまともに考えていない、感情的なだけの読む価値のない記事。 

家族の行事だからと言って許せと言われてもなあ。犯罪行為を助長していることには変わりがないしなあ。 

違法行為なのは事実 

トナカイ女にも理がある。この家族はクリスマスパーティーのありかたを再検討すべき。 

家族内のことだからと思考停止している。やっていることは野蛮。

などなど。

家にやって来て、靴下にプレゼントを入れて行くようなサンタクロースが実在しないのは周知の事実であろうと思っていた男は驚愕した。

この人たちは本気でサンタクロースの存在を信じているのだろうか。そんな純朴な者たちが荒みきったネット社会に存在したことに何とも言い表せない新鮮な感情が男には芽生えていた。

考えても見てほしい。したり顔でこのような批判コメントを送るその姿を。何とも微笑ましいではないか。これか、この感情が萌えなのか?

しかし残念なことに、こういったコメントが問題を一人歩きさせることもある。

早速コメント欄では愚にもつかない議論が花を咲かせていた。

「双方歩み寄るべきだ。」

「警察はサンタを捕まえろ。」

「サンタに変わるキャラクターが必要ではないか。」

「それを考えると、自分自身が仮装するハロウィンって凄いな。」

「プレゼントは両親が渡せば良い。」

「トナカイの負担を減らすためにも自動運転技術の実用化を急げ。」

 

世の中にはサンタクロースのように、存在しないという事実よりも、いることになっているという建前を大事にするケースは多々ある。

いないものをいると、無いものを有ると、やっていないことをやっていると、みんなで分かっていながら、口裏を合わせて「そういうこと」にしていく。そういう壮大なごっこ遊びが存在する。

そして、ごっこ遊びでは建前が大切なことだから、あえて真実を告げるようなことはしない。それは酷く無粋なことだから。

だが、中にはそれを理解できない者がいる。理解しようとしない者がいる。理解したうえでぶち壊そうとする者がいる。なにが真実で、なにが建前なのか理解できないままに他者を批判するマヌケがいる。

こういった者が増えれば、普段ならば建前だと理解するであろう人であってもこういった言動を真に受けてしまう。そして、その結果は、そのことを理解しているものには想像もできない様な滑稽なものとなる。

 

この話はとある事実をもとにしたフィクションなわけですが、そちらもだいぶこじれています。さて、この後どうなることやら。

 

では、また。 

 

 

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